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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(あ)3051号 判決 1952年1月11日

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

被告人の上告趣意(上申書を含む)(後記)について。

所論は原判決の事実認定を争うもので刑訴四〇五条に規定する事由にあたらず上告適法の理由とならない。

弁護人樋口俊二の上告趣意(後記)第一点について。

原審が、被告人の弁護人砂山博をして、被告人本人の控訴趣意書及び同弁護人の控訴趣意書に基いて弁論をさせながら、原判決には弁護人の控訴趣意についてのみ判断を示し、被告人の控訴趣意については判断を示していないことは所論のとおりである。

しかし被告人の控訴趣意は、事実誤認の主張で弁護人の控訴趣意第一点の内容と同様である。そして右第一点について原判決に判断を示しているので、原判決は被告人の控訴趣意についても判断を示したと同様に帰するから原判決の右瑕疵は、これを以って、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものといえない。(昭和二五年(あ)第一四四号同年七月六日第一小法廷判決、同二五年(あ)第四二号同年一〇月三日第三小法廷判決参照)そして、又憲法三七条一項にいわゆる「公平な裁判所の裁判」とは、組織構成において偏頗の虞のない裁判所の裁判の意で、具体的事件において原判決に、訴訟法の解釈適用等の過誤ある裁判の如きを指称するものでないことは当裁判所の判例である。(昭和二二年(れ)第四八号同二三年五月二六日大法廷判決)によって論旨は理由がない。

同第二点(一)について。

原審は、昭和二六年四月二〇日法廷外で現場の検証並びに法廷外の証人尋問をなすべきことを決定し、同年五月一九日検察官、弁護人立会の上、現場検証をし、同時に検察官、弁護人立会の上、被害者平山光則外四名を証人として尋問しているのである。そして原判決は、「一件記録を調査しなお当審において取調べた証人の各証言と検証の結果とに徴するに被告人の事後強盗の事実を認めた原判決の事実認定には誤はない」と判示している。なる程所論検証調書には被害者平山光則の供述が記載されていることは所論のとおりであるが、右は、検証現場の指示説明をするためであって、同人の証人としての証言は、同人の証人尋問調書に記載されており、しかも原判決は、その証人尋問調書における証言をも判断の資料としていること前記のとおりである。してみれば、原判決が判断の資料として引用した「検証の結果」とは、右検証調書中の平山光則の供述を引用した趣旨ではなく、原審裁判官が自ら実験した検証の結果を判断の資料に供したものと解すべきである。よって原判決には、証拠能力のない証人の供述を、採用したという違法はないから何等憲法上の問題を生じない。

同点の(二)について。

記録によれば原審は、昭和二六年三月二八日の第一回公判期日及び同年四月一八日の第二回公判期日には裁判長判事甲斐寿雄判事竹中義郎判事山下辰夫が裁判所を構成して審理に当り、同年四月二〇日法廷外で裁判長判事竹中義郎判事山下辰夫判事長友文士で裁判所を構成して検証並びに証人尋問をなすべき旨の証拠決定をなし、これに基き同年五月一九日検証、証人尋問を実施するときは裁判長判事竹中義郎、判事山下辰夫、判事河野力が裁判所を構成してこれに当ったことは、所論のとおりであるが、右証拠決定、並にこれが実施をしたのは何れも法廷外の訴訟行為であって、裁判所の構成に変更があっても、公判手続の更新を要しないことは刑訴三一五条の明文に徴し明らかである。そして、原審では同年六月二八日第三回公判期日を開廷したが、その際の裁判所の構成は、裁判長判事竹中義郎、判事二見虎雄、判事河野力であって、従前の構成とは異るけれども、原審は右第三回公判期日において刑訴三一五条に従い公判手続を更新した上、曩に法廷外でした検証調書各証人尋問調書につき証拠調をし、当事者の弁論を聴いて結審し、同じ構成で同日直ちに原判決を言渡していること亦記録に徴し明らかである。してみれば原審は、必要とする公判手続更新の手続は適法に実施しているので、右公判手続の更新がされていないことを前提とする所論は、適法の上告理由とならない。

同点の(三)について。

法廷外で証人を尋問する場合に、裁判長が刑訴一五八条二項によりあらかじめ検察官、被告人及び弁護人に尋問事項を知る機会を与えなかったとしても、それは憲法三七条二項の問題ではない。何となれば憲法の右規定は被告人に供述者を直接尋問する機会を与えることを要求しているのに、右刑訴一五八条二項は、単に証人に対する尋問事項を知る機会を与えることを命じているに過ぎず、尋問事項を知らせなくても被告人に証人を直接尋問する機会を与えれば憲法の要求は満されているものと解するを相当とするからである。故に本論旨前段は刑訴四〇五条に規定する事由にあたらない。又論旨後段の証人児玉敏夫の尋問については、その日時場所が被告人に通知されていないことは所論のとおりであるが、記録によれば右児玉敏夫については、同年五月一九日原審が現場の検証をし、あらかじめ決定されていた各証人を尋問する際、法廷外で、職権により同人をも証人として尋問しようと欲し、立会っていた検察官、並びに被告人の弁護人にその意見を聴き、両者共然るべくと答えたので、職権で同人を証人として尋問する旨証拠決定をなし即時同所で尋問したものであって右証人尋問には被告人の弁護人も立会い被告人のため同証人に対し直接尋問する機会は与えられたものであることが明らかである。「裁判所が証人を裁判所外で尋問する場合に、被告人が監獄に拘禁されているときのごときは、特別の事由なき限り、被告人弁護の任にある弁護人に尋問の日時場所を通知して、立会の機会を与え被告人の証人審問権を実質的に害しない措置を講ずるにおいては、」必ずしも常に被告人に尋問の日時場所を通知せず又被告人自身を証人尋問に立会わせなくても憲法三七条二項の規定に違反しないことは当裁判所の判例とするところである。(昭和二四年(れ)第一八七三号同二五年三月一五日大法廷判決、昭和二四年(れ)第三三六号同二五年九月五日第三小法廷判決)そして本件においても、当時被告人が勾留中であったことは記録に徴し明らかであるから、原審の前記措置は被告人の証人審問権を実質的に害しないものというべきである。のみならず、原審は右児玉敏夫の証人訊問調書をその第三回公判期日たる昭和二六年六月二八日法廷で適法に証拠調をし、その供述の内容を朗読し、これを被告人に知らせているのであるから、右証人尋問の際立会っていなかった被告人としては、刑訴一五九条二項により、右証人の供述が予期しない程著しく不利益ならば更に右証人に必要な事項の尋問を請求することができるわけであるのに、被告人は固より弁護人もかかる請求はしていないのである。してみれば原審が右児玉の証人訊問調書を、事実誤認の論旨を検討する資料とし又は量刑の資料としたからといって、憲法三七条二項に違反することはない。論旨は理由がない。

同点の(四)について。

原審は所論各証人を法廷外で尋問するにあたり、各別に尋問し、刑訴一二三条に則っているのであるから、本論旨は、その前提を欠き上告適法の理由とならない。

同第三点について。

原審における控訴趣意第一点は、事実誤認の主張で所論のように、被告人のした暴行、脅迫が相手方の反抗を抑圧するに足るものではないとの主張はしていない。従って原判決はこの点について何等の判断をしていないのであるから本論旨は上告適法の理由とならない。のみならず第一審判決の確定したところによれば被告人は逮捕を免れるため同判示の如き行動に出たというのであるから右は、相手方の反抗を抑圧するに足る暴行脅迫をしたものといえる。故に原判決は何等判例に反する判断をしたものとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴四〇八条一八一条に則り主文の如く判決する。

右裁判は裁判官全員一致の意見である。

(裁判長裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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